月別: 2020年4月

布マスクは若干数在庫してます

日本では法律やルール、マナー、科学よりも怖いものがあります。それがデマと同調圧力です。

エセ科学、オカルト(超自然)、あるいは勘違い、思い込み、「偉い(と思う)人が言っていた」「テレビで言っていた(ような印象を持った)」「新聞で読んだ」などのデマが拡散され、のみならずSNSなどで「これは真実です、拡散してください」とあたかもそれが善意で正義であるかのように必死で訴えるのですが、実際のところ事実ではない、ということが往々にしておこり、ことにこうした非常時にはそうした「ノイズ」が多くなるのは世界的な傾向です。

新コロナウィルスでのニューヨークでの「人工呼吸器が足りない。5台入ってきたがそれでは全然足りない」という「ニューヨークの医者による映像レポート」というのが、ニューヨーク・タイムズによって拡散され、日本のテレビ局でも繰り返し放送されました。

ところが、アメリカにはそうしたニュースメディアや権力をチェックする団体や個人がたくさんいて、そうした人の調査によれば、そもそもその映像を撮影した人の医師免許は失効しているということで、ドクターでもM.D.でもない、という情報が流れてきました。

しかし、もちろんこの情報も二次情報にしかすぎませんから、この情報自体もきちんと審査する必要があるのですが、今の日本のメディアで記事を書いている人、映像を作っている人たちに友人知人もたくさんおりますが、残念なことにとても信頼に足るものではありません。

「だってプロだろ」「何千万円もかけて番組作っているんだろ」「本の印税で出版社はビルが立つんだろ」はい。昔はそうでした。いまでもその痕跡は多少は残っています。しかしそれは本当に本当に一握りの良心的なプロクリエイターという名のサラリーマンが作ったものでしかなく、しかも残念なことに彼らには情報を集める能力も、評価するだけの経験も乏しいのです。

今日は、デマと同調圧力、そしてコロナの今後、日本の今後、と4つお話をします。

1.デマ

新聞、雑誌の原稿料はいくらぐらいだとお思いですか? 今、雑誌はほとんど潰れようとしています。週刊文春、週刊新潮は週刊誌としていまだに頭一つ出ておばけ雑誌と呼ばれていますが、それでも全盛期に比べれば見る影もなく、雑誌も昭和40年代のように薄くなってしまみました。

一般的な雑誌コラムはページ5000円から1万5000円というところです。実際のところ、過去30年間原稿料はほとんど上がっていません。これはアメリカでも同じような状況です。アメリカでは一単語1セントから一文字1セント。日本では1バイト1円。日本語は2バイト(コンピュータ用語)ですから、一文字2円。5000字の原稿なら1万円。2万字だったら4万円。それも大御所の方でそれです。もっと安いライターはたくさんいます。

私で月産30万字が限界です。ある程度、取材や実験をして、それで30万字が限界なのです。今、雑誌の特集記事でも2ページとか、4ページというのが大部分になってしまいました。特集というくらいですから、取材したり統計をひっくりかえしたりしなければいけないのですが、それで5万円くらいにしかなりません。

10日間、足を棒にして歩いて、10人くらいに話を聞いて、5万円にしかなりません。取材対象者に取材協力費を払うなんて夢のまた夢。時給換算すると500円にもならないような仕事です。

ほとんどのライターさんが、時給換算して、最低時給をキープできるかどうか、というところで仕事をしています。漫画家さんの場合は売れてくると、アシスタントさんを雇わないといけなくて、仕事の数だけ増える、という売れ方をすると、作業者は増えることになりますが、どんどん儲からなくなります。事務処理が増えてしまいますから。

映像製作では、一時間もののドキュメンタリー番組などは、フリーランスのディレクターなぞが、臨時にアシスタントを雇ったりしつつも、3ヶ月から半年、場合によっては一年かけて一時間の番組にします。

ワンカットというのは平均5秒程度しかないので、1分の映像をつくるのに、12回カメラを回さないといけない。1日はりついて、使えるのはせいぜい数分。場合によっては、10秒だけということも当たり前にあります。脳内妄想だけでは映像が作れない、地上波クオリティの番組を制作しようとすると、500カットくらいは必要になり、一日に5カットしか取れないのであれば100日必要になります。

そうしてできあがった作品はテレビ局に納品されるのですが、100万円から500万円で買い取りされます。取材テーマにもよりますが、まず採算が取れることがありません。

映画ですら似たような状況です。今はドキュメンタリー映画は一人で小さなカメラ一つで作れますが、それでも200万円くらい費用がかかってしまいます。ちょっとした宴会とか結婚式で消えてしまうような費用で映画一本作れる、というのも驚くかもしれませんが、本当に、50人くらいのインタビューをつなげて作るような映画だとしても、日本中、あるいは世界中あちらこちらを駆け回って、インタビューをしないといけない場合が多いので、つまり、ZOOMやスカイプ、メッセンジャーのようなテレビ電話では映画クオリティにならないので、その交通費、宿泊費など、経費がどんどんかさんでしまう。それが映像制作費なんですね。

困ったことに、そうした、善意の塊の弱小制作者というのが、じゃあ、世の中のことに精通しているか、といえば、全くそんなことはないんですね。しかも、最初に書いたシナリオの通りに撮影をすすめていくのですが、取材してみたら、「そんな事実はなかった」ということが、本当によくおきます。でもそれでは困るのです。そういう企画で映像やシナリオを作ってしまうことを約束してしまっているからです。そこで、やらせ、とか、仕込み、とか都合のいい専門家を用意することになります。

では出版はどうでしょうか。出版不況により、今は新人の初版はたった2000部という時代です。同人誌ですか? まあ、同人誌は50部くらいからですから、同人誌よりはましですが、世の中には8万人いる大学や企業がありますから、そうしたところの広報誌よりもはるかに部数が少ないのですね。こちらも、大出版社から本を一冊出版するのに200万円の固定費がかかります。

これは出版社が固定資産や働かない編集者をたくさん抱えているからなんですね。年に4冊しか編集しない人がゾロゾロいる。その人の給料が400万円だとすると、人件費は600万円ぐらいすることになってしまうので、それだけで150万円かかるわけです。作家には昔は印税は一律10%(源泉徴収されて9%)でしたが、現在は5%から、とか実売数の10%とか、かなり厳しい状況にあります。1000円の新書(売価1100円)を2000部売れたとしましょう。作家の手元に入るのは18万円です。これで生活できますか? まともな取材ができますか?

そのへんにゾロゾロ並んでるのは、脳内妄想記事、ツイッターの長いやつ、みたいなものばかりにならざるを得ません。書籍なんて全く信用できないものになってしまいました。

ほとんどの書籍に、さまざまなショッキングな嘘が書かれていますが、資料を示しておらず、一次資料に当たれないものもあれば、資料をきちんと解読したり分析したりしていないものもあります。デマを作るのは簡単で、しかもなんの悪気もなく、ただ頭が悪いだけで、たくさんのデマを作り出してしまう人が日本のみならず世界中にいます。

デマはときとして人を殺すこともあります。コロナウィルスにまつわるデマの数々をここで述べてもしかたないのですが、新コロナウィルスについてはわかっていないことが多すぎ、2割程度しかわかっていません。ですから、おおかたの情報は嘘です。

なにか安心したい、不安な気持ちはみんな一緒です。しかし安易な結論にとびつく時期ではなく、今は、全体像が見えるまで待つ時期です。

2.同調圧力

医学生が、とか、パーティで、クラスターが、というのが話題になっています。なんでこんな時期に3密になるような、危険なことを良識あるべきひとたちがやってしまうの? といいますが、実際問題会社だって国会だって、コロナ対策プロジェクトチームだって3密の中で仕事をしていますし、通勤電車は相変わらず混んでますし、タワーマンションのエレベータは密室になってしまいますし、避けられないこともたくさんあるのです。

ただ、避けられるのに避けないのは、同調圧力というやつですね。これが日本においては本当に怖いです。同調圧力は法律をも凌駕します。私はエスカレータの右立ちというのをしているのですが、「エスカレーターは歩かないで」「手すりにつかまって(コロナ対策的にはちょっとNG)」とあれだけポスターがはられ、連呼されているのに、エスカレーターの右側を必死に歩いて登る人たちがほとんどです。

でもね、エスカレーターを歩いたり、特に駆け下りるのは大変に危険なのです。たとえば靴紐や、薄いサンダル、あるいは、ズボンの裾がたれていたりすると、エスカレーターの隙間に挟まって、吸い込まれ大事故になることがあります。その場合緊急停止がおきます。

また、あらゆる機械というのは機械である以上、壊れることもあれば、異常な動作をすることもあります。そのときも緊急停止します。中には、逆走を始めたものもあります。エスカレータというのは、登り用と下り用の機械があるのではなく、上下兼用なので、スイッチが逆に入れば逆回転されます。そういう事故も実際起きています。

もし、だれかが、長いエスカレーターを駆け下りているときに、緊急停止したらどうなるか。間違いなく空を飛び、転倒し、場合によっては何十段も転がり落ちます。打ちどころによっては死ぬかもしれませんし、一生車椅子かもしれません。また、他の人たちを巻き込み、当人は無事でも、左側で捕まってのっていただけの人が死ぬかもしれません。

ですから、エスカレーターを歩いたり駆け下りてはいけないのです。それを防止するために、私は右立ちをしているのですが、登りでは怒られないのですが、下りでは突き飛ばされることがあります。でも周りの人は、立ち止まっているのが悪いんだ、という視線で見ます。本当にこの国の同調圧力というのは怖いものがあります。同調圧力が人を殺します。

太平洋戦争のときに、息子が軍に殺されるとわかって、万歳三唱で見送った人たちも同調圧力の犠牲者です。でもね、本当は、みんなが加害者なんじゃないですか?

3.新コロナの今後

現時点で外出禁止令を出したことで、コロナ禍を乗り切った国はありません。コロナ禍の収束というのは定義がありまして、2ヶ月連続して新規感染者が出ないこと、それで終息または収束とみなすことになります。しかし、現時点でパンデミックになってから2ヶ月経過している国はないので、どこも乗り切ってはいないことになります(中国に関しては疑問符があります)。

日々ばからしいニュースをテレビがやるので見たくはありません。社会活動をかなり止めているにも関わらず、毎日100人以上の保菌者が出るのは、新たに感染している人が増えているのではなく、単純にオリンピックやりたかったため検査していなかったのを検査を頑張るようになったから、感染者を「発見」しているだけにすぎません。ほとんどの感染者はここ数日に感染したのではなく、もう半月以上前に感染しているとも考えられます。

残念ながら、一日の検査数を2万人にするといって、1万人できていない状態らしいのですが、それができた、としても、なにせ日本の人口というのは1億人以上いますから、1万日とか5000日かかる計算になります。つまり、最初から全員を検査するのは無理なんですね。

あらゆる常識的なアイデアが無意味です。保菌者を隔離して、感染を防止する。それは確かに理想なのですが、保菌者でありながら、症状が出ていない人があまりにも多い。だとするなら結局例えば都市部にいる人たちを全員検査する、という必要が出てくるのですけれども、東京だけで1000万人以上いる。首都圏で3600万人いる。大阪や名古屋、福岡や仙台、いたるところにたくさんの人がいる。

せめて、満員電車で痛勤している人たちだけ検査しましょう、という話にならないのが、本当におかしい。誰か一人でも保菌者がいれば、あっというまに、電車1車両100人、200人に感染してしまう。毎日同じ車両にのるわけでもない人もいるので、1編成1000人とか2000人とか、ちょっとした街に匹敵する人数がどんどん感染してしまう。

多くの都市痛勤者は、2回程度乗り換えしているので、高齢者に引きこもってください、というのは本当に無駄に見えてきます。他国の例では数万人以上感染しているのがいくらでもあるので、日本も今後100日連続で毎日100人以上の感染者が「発見」されても全然不思議な状態ではありません。なにしろ、クラスター仮説に基づき、すべての感染者の行動をトレース(追跡)し、接触を全部解明できる、というとてつもない空想に基づき初動を間違えて感染爆発しているという可能性を否定できないのですから。

幸いなことに感染爆発をしてるにせよしていないにせよ、重篤患者数が少なく抑えられている。その一方、重篤になった人の生還率がぼかされている、ということはあまり生還できていないのかもしれない。

一般的なウィルスであれば、感染者を増やして、人口の7割くらいに感染させ、集団免疫を獲得する、というのが定石のようなのですが、今の高齢者の多い日本でそれをやると、300万人くらい死んでしまうし、医療アクセスがうまくいかなかったり、院内感染など複合的な要因がからめば、さらに多くの人が亡くなる、と言われています。

このウィルスには特効薬がまだ見つかっていないばかりか、ウィルスは簡単に変異し、2巡目もあるとも言われ、いずれにせよ、薬もワクチンもない状況では収束への道筋は見えないことになります。

社会生活を止めて、2メートルとも4メートルとも言われるソーシャルディスタンスを取れれえば、感染拡大は防げるかもしれませんが、ほとんどの日本人が社会的に死んでしまう。日本は家が小さいので、2メートルも距離を取れないのですね。もともと日本人はそれほど大声でしゃべるわけではないので、本当にその距離が必要かどうかもわかりません。

楽観的なシナリオとしては、抗体を検査して、抗体を持っている人たちだけ自由な生活をする、それ以外の人たちはあらゆる行動を制限される、という方法ですが、それもやっぱり現実的ではないのですね。

現状、ロシアンルーレットのように感染し、重篤化する。それを避けるための方法として、布マスクを含むマスクや腕などで、自分からの感染拡大を防止する、タバコやばい煙、排気ガスや線香の煙にまみれるような状況は避ける。でもかかって重篤化したら死んでしまうことを受け入れる。その確率を少なくするために社会全体で協力して防御するということですね。

布マスクは海外製の日本未発売品を在庫しておりますので、ご連絡いただければ、適切な価格でお分けいたします。

4.日本の今後

さて、コロナがなくても日本は多死社会です。65歳以上の高齢者が3588万人もいる(半年前現在)。この人たちの殆どは40年後には鬼籍に入っているわけですから、ものすごい勢いで人が死ぬ。

それを受け入れるだけの装置が存在していない。火葬場、お墓、あらゆるものが足りない。こうしたものは省略されていくでしょう。

日本はなんとか、昭和バブル以降も平成バブルなどミニバブルを起こして、どんどん社会インフラを整備し、今後も大阪万博や札幌オリンピック、あるいはリニアモーターカーや北海道新幹線、北陸、長崎にも新幹線、そしてマンションをボコボコたて、生産緑地の宅地化により都市部の住宅も大量に供給されます。

しかし、人口は急速に減る。商店は半分くらいになるかもしれない。飲食店もコンビニも歯医者さんもどんどん減ってしまう。私達はより貧しくなるけれどもその中で幸せをみつけていかなければいけなくなる。

行政が守ってくれた時代は終わります。本当の自己責任時代にこのままだと突入してしまいます。なんとかしたいものですね。最後までお読みいただきありがとうございます。

いよいよ緊急事態宣言近し

都内各所の一週間の営業が突如中止となりました。従来ではありえないような大きなプレッシャーがかけられました。いよいよ緊急事態宣言が近いようです。事実上遊びにいけないようにされてしまうのです。

考えてみれば原発事故非常事態宣言も解除されてはいません。9年間発動されたままになっています。そしてこの間になにが変わったのでしょうか? 原発に関してはほとんど前進がありません。大本営発表を垂れ流しているに過ぎません。

さらに、テレビで有名な若手論客への与党からの利益供与が明るみに出てきました。彼らがこの数週間、急に保守的な言動を取るように舵を切ったことに対してメディアが身体検査を強化するようになった結果でしょう。そして、明るみに出ていない事実もたくさんあるでしょう。

私達も非常に弱い存在です。株式会社でありながら、遵法福祉活動が主であるため、数十万円単位の金額で、簡単に買収されかねない存在でいます。ただ、それはコンプライアンス上許されないと考えております。中立公正を保たなければなりません。

ひきこもりを助けることが第一目的なのではなく、社会平和、人類の幸福といったような綺麗事に聞こえるかもしれないけれども大切なことを実現するため、現代問題研究所は発足しました。撤退するつもりはありません。

緊急事態宣言が出ようとも、日本国憲法は守られなければなりません。移動の自由や集会の自由、行動の自由は束縛されないのです。どうか節度を持って行動してください。しかし、ストレスの発散はとても大切です。ストレスをためないように努力しましょう。

コロナ騒ぎはどこへいくか

新コロナウィルスの社会混乱がとどまりません。4月2日時点で、世界の100万人が感染し、5万人が死亡しています。しかし、私どもはひきこもり問題のほうが、遥かに「からだに悪い」、一刻も早い対応が必要だと思います。「本当に生きる」ことなく、引きこもったまま死んでいくことを止めはしませんが、おすすめはできません。

若者たちに限らず、感染爆発といいますが、感染者が抗体を身につけ、集団免疫を獲得し、季節性インフルエンザと同程度の社会的影響になるまで見守るしか方法がありません。ただ、日本の場合は、重篤患者数をコントロールして、少しずつ拡大するのは許容しようという動きなのですが、それには失敗する可能性は低くありません。

アメリカは10万人は最低でも死ぬだろうと発表しています。日本も間違えると高齢化が進んでいることからイタリアのような状態に何度かはなることが想定されます。100万人死んでしまうかもしれません。

しかし、この病気は、かからないですませることができるものでもなく、10年20年かけて、みなが感染していくような病気の一つです。だとするなら、短期的に、非常に制約のある生活を送るというのは間違っています。

もちろん、医療崩壊を起こしてしまうと、あらゆる病気のあらゆる患者が適正な医療を受けられなくなってしまいますのでそれは避けたいところなのですが、そうならないことを祈ることしかできません。

まだウィルスについてはわからないことが多すぎますので、お医者様も正しいことはなにも言える状態にありません。このウィルスがどこからきたのか、人工的に作られたものなのか、偶発的に出来上がったものなのか、何もとにかくわかっていないのです。

台湾やスェーデンはうまく封じ込めているように現時点では見えています。ただ、この病気は2週間から3週間後でないと現時点の評価が下せないのです。

世界的には、月末には1000万人が死亡するかもしれません。私達一人一人が、死を受け入れる準備が必要ということです。

私達は病に怯えるのではなく、一日一日を充実して生きることを改めて心がける必要があるでしょう。