現代問題研究所につきまして

現代問題研究所につきまして

令和元年(正確には平成31年)から40年弱の任意団体から法人格を得ましたJICI現代問題研究所ですが、第一期はおよそ90万円近くの赤字決算となりました。実際には、約20名ほどのボランティアのかたにお手伝いをいただいておりますので、実質的には資本金が吹っ飛ぶくらいのインパクトがある決算となってしまいました。

これは様々な悪条件が重なったことがありますが、もっとも根深いものとしては日本経済の先行きの不透明感が、限りなく暗黒に近く、しかしそこに当社として松明の炎をうまく掲げられなかったことでもあり、深く反省をしております。

令和元年度は8050問題のカウンセリング、解決手法の確立に、多くのリソースを割くこととなりましたが、2020年12月期は、8050問題についての区切りを目指す一方で、本来業務でございます、出版事業を軸とした事業展開を計画しております。

ご承知のように、出版を取り巻く環境は年々厳しさを増し、紙の雑誌は壊滅状態に近く、本も本屋さんも四半世紀で約半数が消えてしまいました。そして、その傾向は今後も続くだろうと言われています。唯一、ある程度元気なのはコミックですが、それも電子書籍にとってかわられるのではないか、と言われております。

他方、出版点数だけ見た場合には、電子書籍まで含めた場合には、非常にバラエティに富む状況となっており、つまり、従来の出版とは考え方が異なってきている現況となっております。

従前は著者印税は本の本体価格の5−10%であり、7000部発行されて50万円程度の収入で会ったのに対し、現在は非常に少ロットのプリントに近い印刷となっていて、同人誌よりはやや広い層に対して、部数こそ2000、3000であっても印税が4割という場合もあり、よりニッチな層を目がけて息を長く販売するということができるようになってきたのです。

一方で8050問題解決支援センターの業務の立ち上がりもあるため、こちらのリソースを落としながら、出版事業に軸足を移すべく今期はトライアルしつづけていく所存です。

布マスクは若干数在庫してます

日本では法律やルール、マナー、科学よりも怖いものがあります。それがデマと同調圧力です。

エセ科学、オカルト(超自然)、あるいは勘違い、思い込み、「偉い(と思う)人が言っていた」「テレビで言っていた(ような印象を持った)」「新聞で読んだ」などのデマが拡散され、のみならずSNSなどで「これは真実です、拡散してください」とあたかもそれが善意で正義であるかのように必死で訴えるのですが、実際のところ事実ではない、ということが往々にしておこり、ことにこうした非常時にはそうした「ノイズ」が多くなるのは世界的な傾向です。

新コロナウィルスでのニューヨークでの「人工呼吸器が足りない。5台入ってきたがそれでは全然足りない」という「ニューヨークの医者による映像レポート」というのが、ニューヨーク・タイムズによって拡散され、日本のテレビ局でも繰り返し放送されました。

ところが、アメリカにはそうしたニュースメディアや権力をチェックする団体や個人がたくさんいて、そうした人の調査によれば、そもそもその映像を撮影した人の医師免許は失効しているということで、ドクターでもM.D.でもない、という情報が流れてきました。

しかし、もちろんこの情報も二次情報にしかすぎませんから、この情報自体もきちんと審査する必要があるのですが、今の日本のメディアで記事を書いている人、映像を作っている人たちに友人知人もたくさんおりますが、残念なことにとても信頼に足るものではありません。

「だってプロだろ」「何千万円もかけて番組作っているんだろ」「本の印税で出版社はビルが立つんだろ」はい。昔はそうでした。いまでもその痕跡は多少は残っています。しかしそれは本当に本当に一握りの良心的なプロクリエイターという名のサラリーマンが作ったものでしかなく、しかも残念なことに彼らには情報を集める能力も、評価するだけの経験も乏しいのです。

今日は、デマと同調圧力、そしてコロナの今後、日本の今後、と4つお話をします。

1.デマ

新聞、雑誌の原稿料はいくらぐらいだとお思いですか? 今、雑誌はほとんど潰れようとしています。週刊文春、週刊新潮は週刊誌としていまだに頭一つ出ておばけ雑誌と呼ばれていますが、それでも全盛期に比べれば見る影もなく、雑誌も昭和40年代のように薄くなってしまみました。

一般的な雑誌コラムはページ5000円から1万5000円というところです。実際のところ、過去30年間原稿料はほとんど上がっていません。これはアメリカでも同じような状況です。アメリカでは一単語1セントから一文字1セント。日本では1バイト1円。日本語は2バイト(コンピュータ用語)ですから、一文字2円。5000字の原稿なら1万円。2万字だったら4万円。それも大御所の方でそれです。もっと安いライターはたくさんいます。

私で月産30万字が限界です。ある程度、取材や実験をして、それで30万字が限界なのです。今、雑誌の特集記事でも2ページとか、4ページというのが大部分になってしまいました。特集というくらいですから、取材したり統計をひっくりかえしたりしなければいけないのですが、それで5万円くらいにしかなりません。

10日間、足を棒にして歩いて、10人くらいに話を聞いて、5万円にしかなりません。取材対象者に取材協力費を払うなんて夢のまた夢。時給換算すると500円にもならないような仕事です。

ほとんどのライターさんが、時給換算して、最低時給をキープできるかどうか、というところで仕事をしています。漫画家さんの場合は売れてくると、アシスタントさんを雇わないといけなくて、仕事の数だけ増える、という売れ方をすると、作業者は増えることになりますが、どんどん儲からなくなります。事務処理が増えてしまいますから。

映像製作では、一時間もののドキュメンタリー番組などは、フリーランスのディレクターなぞが、臨時にアシスタントを雇ったりしつつも、3ヶ月から半年、場合によっては一年かけて一時間の番組にします。

ワンカットというのは平均5秒程度しかないので、1分の映像をつくるのに、12回カメラを回さないといけない。1日はりついて、使えるのはせいぜい数分。場合によっては、10秒だけということも当たり前にあります。脳内妄想だけでは映像が作れない、地上波クオリティの番組を制作しようとすると、500カットくらいは必要になり、一日に5カットしか取れないのであれば100日必要になります。

そうしてできあがった作品はテレビ局に納品されるのですが、100万円から500万円で買い取りされます。取材テーマにもよりますが、まず採算が取れることがありません。

映画ですら似たような状況です。今はドキュメンタリー映画は一人で小さなカメラ一つで作れますが、それでも200万円くらい費用がかかってしまいます。ちょっとした宴会とか結婚式で消えてしまうような費用で映画一本作れる、というのも驚くかもしれませんが、本当に、50人くらいのインタビューをつなげて作るような映画だとしても、日本中、あるいは世界中あちらこちらを駆け回って、インタビューをしないといけない場合が多いので、つまり、ZOOMやスカイプ、メッセンジャーのようなテレビ電話では映画クオリティにならないので、その交通費、宿泊費など、経費がどんどんかさんでしまう。それが映像制作費なんですね。

困ったことに、そうした、善意の塊の弱小制作者というのが、じゃあ、世の中のことに精通しているか、といえば、全くそんなことはないんですね。しかも、最初に書いたシナリオの通りに撮影をすすめていくのですが、取材してみたら、「そんな事実はなかった」ということが、本当によくおきます。でもそれでは困るのです。そういう企画で映像やシナリオを作ってしまうことを約束してしまっているからです。そこで、やらせ、とか、仕込み、とか都合のいい専門家を用意することになります。

では出版はどうでしょうか。出版不況により、今は新人の初版はたった2000部という時代です。同人誌ですか? まあ、同人誌は50部くらいからですから、同人誌よりはましですが、世の中には8万人いる大学や企業がありますから、そうしたところの広報誌よりもはるかに部数が少ないのですね。こちらも、大出版社から本を一冊出版するのに200万円の固定費がかかります。

これは出版社が固定資産や働かない編集者をたくさん抱えているからなんですね。年に4冊しか編集しない人がゾロゾロいる。その人の給料が400万円だとすると、人件費は600万円ぐらいすることになってしまうので、それだけで150万円かかるわけです。作家には昔は印税は一律10%(源泉徴収されて9%)でしたが、現在は5%から、とか実売数の10%とか、かなり厳しい状況にあります。1000円の新書(売価1100円)を2000部売れたとしましょう。作家の手元に入るのは18万円です。これで生活できますか? まともな取材ができますか?

そのへんにゾロゾロ並んでるのは、脳内妄想記事、ツイッターの長いやつ、みたいなものばかりにならざるを得ません。書籍なんて全く信用できないものになってしまいました。

ほとんどの書籍に、さまざまなショッキングな嘘が書かれていますが、資料を示しておらず、一次資料に当たれないものもあれば、資料をきちんと解読したり分析したりしていないものもあります。デマを作るのは簡単で、しかもなんの悪気もなく、ただ頭が悪いだけで、たくさんのデマを作り出してしまう人が日本のみならず世界中にいます。

デマはときとして人を殺すこともあります。コロナウィルスにまつわるデマの数々をここで述べてもしかたないのですが、新コロナウィルスについてはわかっていないことが多すぎ、2割程度しかわかっていません。ですから、おおかたの情報は嘘です。

なにか安心したい、不安な気持ちはみんな一緒です。しかし安易な結論にとびつく時期ではなく、今は、全体像が見えるまで待つ時期です。

2.同調圧力

医学生が、とか、パーティで、クラスターが、というのが話題になっています。なんでこんな時期に3密になるような、危険なことを良識あるべきひとたちがやってしまうの? といいますが、実際問題会社だって国会だって、コロナ対策プロジェクトチームだって3密の中で仕事をしていますし、通勤電車は相変わらず混んでますし、タワーマンションのエレベータは密室になってしまいますし、避けられないこともたくさんあるのです。

ただ、避けられるのに避けないのは、同調圧力というやつですね。これが日本においては本当に怖いです。同調圧力は法律をも凌駕します。私はエスカレータの右立ちというのをしているのですが、「エスカレーターは歩かないで」「手すりにつかまって(コロナ対策的にはちょっとNG)」とあれだけポスターがはられ、連呼されているのに、エスカレーターの右側を必死に歩いて登る人たちがほとんどです。

でもね、エスカレーターを歩いたり、特に駆け下りるのは大変に危険なのです。たとえば靴紐や、薄いサンダル、あるいは、ズボンの裾がたれていたりすると、エスカレーターの隙間に挟まって、吸い込まれ大事故になることがあります。その場合緊急停止がおきます。

また、あらゆる機械というのは機械である以上、壊れることもあれば、異常な動作をすることもあります。そのときも緊急停止します。中には、逆走を始めたものもあります。エスカレータというのは、登り用と下り用の機械があるのではなく、上下兼用なので、スイッチが逆に入れば逆回転されます。そういう事故も実際起きています。

もし、だれかが、長いエスカレーターを駆け下りているときに、緊急停止したらどうなるか。間違いなく空を飛び、転倒し、場合によっては何十段も転がり落ちます。打ちどころによっては死ぬかもしれませんし、一生車椅子かもしれません。また、他の人たちを巻き込み、当人は無事でも、左側で捕まってのっていただけの人が死ぬかもしれません。

ですから、エスカレーターを歩いたり駆け下りてはいけないのです。それを防止するために、私は右立ちをしているのですが、登りでは怒られないのですが、下りでは突き飛ばされることがあります。でも周りの人は、立ち止まっているのが悪いんだ、という視線で見ます。本当にこの国の同調圧力というのは怖いものがあります。同調圧力が人を殺します。

太平洋戦争のときに、息子が軍に殺されるとわかって、万歳三唱で見送った人たちも同調圧力の犠牲者です。でもね、本当は、みんなが加害者なんじゃないですか?

3.新コロナの今後

現時点で外出禁止令を出したことで、コロナ禍を乗り切った国はありません。コロナ禍の収束というのは定義がありまして、2ヶ月連続して新規感染者が出ないこと、それで終息または収束とみなすことになります。しかし、現時点でパンデミックになってから2ヶ月経過している国はないので、どこも乗り切ってはいないことになります(中国に関しては疑問符があります)。

日々ばからしいニュースをテレビがやるので見たくはありません。社会活動をかなり止めているにも関わらず、毎日100人以上の保菌者が出るのは、新たに感染している人が増えているのではなく、単純にオリンピックやりたかったため検査していなかったのを検査を頑張るようになったから、感染者を「発見」しているだけにすぎません。ほとんどの感染者はここ数日に感染したのではなく、もう半月以上前に感染しているとも考えられます。

残念ながら、一日の検査数を2万人にするといって、1万人できていない状態らしいのですが、それができた、としても、なにせ日本の人口というのは1億人以上いますから、1万日とか5000日かかる計算になります。つまり、最初から全員を検査するのは無理なんですね。

あらゆる常識的なアイデアが無意味です。保菌者を隔離して、感染を防止する。それは確かに理想なのですが、保菌者でありながら、症状が出ていない人があまりにも多い。だとするなら結局例えば都市部にいる人たちを全員検査する、という必要が出てくるのですけれども、東京だけで1000万人以上いる。首都圏で3600万人いる。大阪や名古屋、福岡や仙台、いたるところにたくさんの人がいる。

せめて、満員電車で痛勤している人たちだけ検査しましょう、という話にならないのが、本当におかしい。誰か一人でも保菌者がいれば、あっというまに、電車1車両100人、200人に感染してしまう。毎日同じ車両にのるわけでもない人もいるので、1編成1000人とか2000人とか、ちょっとした街に匹敵する人数がどんどん感染してしまう。

多くの都市痛勤者は、2回程度乗り換えしているので、高齢者に引きこもってください、というのは本当に無駄に見えてきます。他国の例では数万人以上感染しているのがいくらでもあるので、日本も今後100日連続で毎日100人以上の感染者が「発見」されても全然不思議な状態ではありません。なにしろ、クラスター仮説に基づき、すべての感染者の行動をトレース(追跡)し、接触を全部解明できる、というとてつもない空想に基づき初動を間違えて感染爆発しているという可能性を否定できないのですから。

幸いなことに感染爆発をしてるにせよしていないにせよ、重篤患者数が少なく抑えられている。その一方、重篤になった人の生還率がぼかされている、ということはあまり生還できていないのかもしれない。

一般的なウィルスであれば、感染者を増やして、人口の7割くらいに感染させ、集団免疫を獲得する、というのが定石のようなのですが、今の高齢者の多い日本でそれをやると、300万人くらい死んでしまうし、医療アクセスがうまくいかなかったり、院内感染など複合的な要因がからめば、さらに多くの人が亡くなる、と言われています。

このウィルスには特効薬がまだ見つかっていないばかりか、ウィルスは簡単に変異し、2巡目もあるとも言われ、いずれにせよ、薬もワクチンもない状況では収束への道筋は見えないことになります。

社会生活を止めて、2メートルとも4メートルとも言われるソーシャルディスタンスを取れれえば、感染拡大は防げるかもしれませんが、ほとんどの日本人が社会的に死んでしまう。日本は家が小さいので、2メートルも距離を取れないのですね。もともと日本人はそれほど大声でしゃべるわけではないので、本当にその距離が必要かどうかもわかりません。

楽観的なシナリオとしては、抗体を検査して、抗体を持っている人たちだけ自由な生活をする、それ以外の人たちはあらゆる行動を制限される、という方法ですが、それもやっぱり現実的ではないのですね。

現状、ロシアンルーレットのように感染し、重篤化する。それを避けるための方法として、布マスクを含むマスクや腕などで、自分からの感染拡大を防止する、タバコやばい煙、排気ガスや線香の煙にまみれるような状況は避ける。でもかかって重篤化したら死んでしまうことを受け入れる。その確率を少なくするために社会全体で協力して防御するということですね。

布マスクは海外製の日本未発売品を在庫しておりますので、ご連絡いただければ、適切な価格でお分けいたします。

4.日本の今後

さて、コロナがなくても日本は多死社会です。65歳以上の高齢者が3588万人もいる(半年前現在)。この人たちの殆どは40年後には鬼籍に入っているわけですから、ものすごい勢いで人が死ぬ。

それを受け入れるだけの装置が存在していない。火葬場、お墓、あらゆるものが足りない。こうしたものは省略されていくでしょう。

日本はなんとか、昭和バブル以降も平成バブルなどミニバブルを起こして、どんどん社会インフラを整備し、今後も大阪万博や札幌オリンピック、あるいはリニアモーターカーや北海道新幹線、北陸、長崎にも新幹線、そしてマンションをボコボコたて、生産緑地の宅地化により都市部の住宅も大量に供給されます。

しかし、人口は急速に減る。商店は半分くらいになるかもしれない。飲食店もコンビニも歯医者さんもどんどん減ってしまう。私達はより貧しくなるけれどもその中で幸せをみつけていかなければいけなくなる。

行政が守ってくれた時代は終わります。本当の自己責任時代にこのままだと突入してしまいます。なんとかしたいものですね。最後までお読みいただきありがとうございます。

いよいよ緊急事態宣言近し

都内各所の一週間の営業が突如中止となりました。従来ではありえないような大きなプレッシャーがかけられました。いよいよ緊急事態宣言が近いようです。事実上遊びにいけないようにされてしまうのです。

考えてみれば原発事故非常事態宣言も解除されてはいません。9年間発動されたままになっています。そしてこの間になにが変わったのでしょうか? 原発に関してはほとんど前進がありません。大本営発表を垂れ流しているに過ぎません。

さらに、テレビで有名な若手論客への与党からの利益供与が明るみに出てきました。彼らがこの数週間、急に保守的な言動を取るように舵を切ったことに対してメディアが身体検査を強化するようになった結果でしょう。そして、明るみに出ていない事実もたくさんあるでしょう。

私達も非常に弱い存在です。株式会社でありながら、遵法福祉活動が主であるため、数十万円単位の金額で、簡単に買収されかねない存在でいます。ただ、それはコンプライアンス上許されないと考えております。中立公正を保たなければなりません。

ひきこもりを助けることが第一目的なのではなく、社会平和、人類の幸福といったような綺麗事に聞こえるかもしれないけれども大切なことを実現するため、現代問題研究所は発足しました。撤退するつもりはありません。

緊急事態宣言が出ようとも、日本国憲法は守られなければなりません。移動の自由や集会の自由、行動の自由は束縛されないのです。どうか節度を持って行動してください。しかし、ストレスの発散はとても大切です。ストレスをためないように努力しましょう。

コロナ騒ぎはどこへいくか

新コロナウィルスの社会混乱がとどまりません。4月2日時点で、世界の100万人が感染し、5万人が死亡しています。しかし、私どもはひきこもり問題のほうが、遥かに「からだに悪い」、一刻も早い対応が必要だと思います。「本当に生きる」ことなく、引きこもったまま死んでいくことを止めはしませんが、おすすめはできません。

若者たちに限らず、感染爆発といいますが、感染者が抗体を身につけ、集団免疫を獲得し、季節性インフルエンザと同程度の社会的影響になるまで見守るしか方法がありません。ただ、日本の場合は、重篤患者数をコントロールして、少しずつ拡大するのは許容しようという動きなのですが、それには失敗する可能性は低くありません。

アメリカは10万人は最低でも死ぬだろうと発表しています。日本も間違えると高齢化が進んでいることからイタリアのような状態に何度かはなることが想定されます。100万人死んでしまうかもしれません。

しかし、この病気は、かからないですませることができるものでもなく、10年20年かけて、みなが感染していくような病気の一つです。だとするなら、短期的に、非常に制約のある生活を送るというのは間違っています。

もちろん、医療崩壊を起こしてしまうと、あらゆる病気のあらゆる患者が適正な医療を受けられなくなってしまいますのでそれは避けたいところなのですが、そうならないことを祈ることしかできません。

まだウィルスについてはわからないことが多すぎますので、お医者様も正しいことはなにも言える状態にありません。このウィルスがどこからきたのか、人工的に作られたものなのか、偶発的に出来上がったものなのか、何もとにかくわかっていないのです。

台湾やスェーデンはうまく封じ込めているように現時点では見えています。ただ、この病気は2週間から3週間後でないと現時点の評価が下せないのです。

世界的には、月末には1000万人が死亡するかもしれません。私達一人一人が、死を受け入れる準備が必要ということです。

私達は病に怯えるのではなく、一日一日を充実して生きることを改めて心がける必要があるでしょう。

PLAN Bなき日本を憂う

3/18/2020

コンサルタントは常にプランBを考えている。プロジェクトマネージャも同じだ。あらゆるプロジェクトは、最低3プラン用意する。日本の意思決定者が往々にしてボンクラであることや、世襲であることとも無縁ではないが、世界中、プランBを持たない団体は存在していない。

ところが日本においては常に是か非か? YesかNoか? である。これは驚くべき話で日本人の優柔不断さ、二枚舌三枚舌、スタンダードがいくつもあることは世界的に有名であり、白黒つけないのが日本人、というのがもっぱらの評判であるのに。

コロナ騒ぎでも、オリンピックをやるのかどうか、が大問題である。そんな場合ではないのに。命に関わっているのにスポーツの祭典なんかどうでもいい。世界中の人がそう考える。日本だけ違うのか? なぜなのか?

オリンピックを主宰しているのはアラブだのサウジアラビアの王子様たちらしいんだよ。彼らは原油安で今ピンチなんだ。みんなだってそうだろう? 会社が潰れそうなのに、子どもが、来月の運動会に来てくれるよね? とか言われたらどう思う?

富士フイルム社の関連会社が特効薬を発明したんだそうだ。おかしな話だ。日本の公認感染者数は1000人に届いていない。臨床試験をクリアしたとはとても思えない。また人種の壁を超えて効くのかどうかもわからない。コロナウィルスなるものが一種類かどうかもわからない。

既往症がある人が不利な状態で、安全性が高い薬が投与されたとしても、その薬効が強ければ強いほど、副作用も大きいのが常であり、危険度も高い。そういうことも何もわからない状態で日本は世界一の国だと盲信する人が株をストップ高にしてしまう。

どんなに少なくても一人種100人に投与して結果をみる、という過程がなければいけない。安全性が担保されたら、千人、万人と広げて、より正確なデータをとらないとならない。

旧型コロナウィルスはいわゆる風邪の4割だという話も嘘くさい。突然出てきた話だ。いわゆる風邪は、気温の変化などに体調がついていかず、体調に変調をきたしたり、疲労からくるものだと思っていたのだが、突然ウィルスのせいだ、という話になり、その4割が旧型コロナウィルスなんだとさ。何も信じられない。

オリンピックはもちろん中止にするべきだろう。どう考えてもリスケは不可能だからだ。1年遅れ、2年遅れというスピードで動いているイベントではない。2020年が決まったのは、約8年前であり、その招致までに都知事が何人も変わっていることを忘れてはいけない。

すでに2024年はパリが決まっている。2022年には大阪で万博もある。オリンピックのために作られる施設の多くは仮設であり、選手村はマンションとして分譲も決まりはじめている。2020年は飛ばして2028年にすべてを仕切り直してやる、ということは可能かもしれない。しかし、それは石原慎太郎が夢に描いた、若者たちに夢を与えるスポーツの祭典とはかけ離れたものになる。

富士フイルムの薬が特効薬だったとしよう。それで世界中の患者と、まだ検査を受けていないがキャリアとなっている人を治すのに、何週間かかりますか? 今回は再感染の問題もある。そして重篤となると人工呼吸器につながないといけない、という問題もある。

世界中に人工呼吸器を配備しないといけない。そんなことができないことは人口密度が低い国ではわかりきった話だ。日本でも北海道民はそうだろう。人工呼吸器を増産して世界中に配備する時間、臨床データり、をもとに世界中に特効薬を配備する時間。

どんなに頑張って、どんなにお金を積んで、どんなに努力したところで、絶対に間に合わない。すでに予選会が中止になっている。日本に対する不信感も強い。放射能はアンダーコントロールではないし、武漢インフルエンザは検査すらしていない。

日本そのものがオリンピックどころではないのだ。前回も書いたように、あらゆるエンタメは存続の危機にたたされている。世界中のアーティストがそれをツイートしている。日本では演芸場以外のホールは閉鎖され、バーや居酒屋すら閑古鳥だ。

前にも指摘したように、何をもって安全宣言となるのかわからない緊急の非常事態宣言により、すべての社会活動に制約が出ている。すでに私達は半月以上を失っている。これが3ヶ月ともなると、生活費がなくなり命に関わる人が多数出てくる。

にも関わらず、国のリソースの多くを、地球の裏側からいやいや連れてくる人たちのスポーツのためにつぎ込むんですか? 正気ですか?

危険度ゼロのはずの原発が爆発し、耐用年数が過ぎているのにまだ原発を使い続けようとする。プランBがないですから。本当に見ていて悲しいです。無料でもいいからコンサルティングしてあげたくなります。私達の生命・財産に関わりますから。

国民生活や国民の生命財産とオリンピックとどっちが大事なの??

このことでいいかげん目をさまして、年金でもなんでも、プランB、プランCを常に示して、厳しい現実でも受け入れられる大人の国になりましょうよ。今回はいい機会だと思いますよ。あと300年コトナだけで滅ぼされないで生きられるとはとても思えませんから。

【コロナ】殺人的無責任体質

3/2/2020

日本におけるコロナウィルスはなんのことはない、10日間で倍増してしまった。マスメディアは、イタリアや韓国のほうがひどい、と誤魔化しているけれども、人口比で言ったならば、日本は中国に匹敵するぐらい「あぶない」。

あまりにも無責任なのは、何をもって非常事態としたか、がわからないためだ。とりあえず半月くらい店を閉めてみるか、という調子では、終わりが見えない。そして店を閉めてみたけれども感染者数は日本だけが特異的に増えていて、回復者が少ない。

当社は12月決算だが、日本のほとんどの会社が3月決算である。そして、3月は一年の中でももっともノルマが積まれているし、過去11ヶ月不調だったならば、それをすべて挽回しなければならない一ヶ月でもある。しかし今年は半月休め、というわけだ。とてもたまらない。

実際のところがほとんどの大手企業ですら、自転車操業のようなものであるし、フリーで仕事をしている人たちからは悲鳴が聞こえてきている。しかしそれは誰の耳にも届かない。交通事故死や自殺者のほうがはるかに深刻であるのに、無灯火の自転車のほうが物理的に危険なのに、無意味なマスクを買い求めてさまよっている。

マスクの隙間よりもウィルスははるかに細かいので、この病気に対するマスクというのは幸せになる壺以上の効果がない。そして、マスクを倹約するあまり、マスクの外側を外した手でパンを食べ、タバコを吸い、そのマスクはポケットに突っ込んだり、無造作に口側を上にして机の上に置いておき、食事をしたらまたマスクをする状態だ。こんなでたらめな安全管理はどこにもない。だから、先進国で最悪の罹患率が減っていかないのだ。

大切なのは学校やコンサートを中止にすることではない。たしかにクラシックコンサートは高齢者によって支えられ、高齢者の抵抗力は低く、またコンサート料金は高いので無理してでかけている人も少なくなく、楽章の切れ目には遠慮のない咳の嵐だから、恐ろしいことは確かなのだが、ちょっと方向性が違う。

クラシックコンサートなんて馴染みがない人にはどうでもいいのだろうが、在京にいくつもあるオーケストラがたった数回の公演がキャンセルになっただけで存亡の危機に立たされているのだ。

高杉晋作の時代には平均寿命が42歳だった。私達はもう充分生きた。他人を蹴落としてまでマスクを買い漁る年齢ではない。いつ死んでもいいじゃありませんか。もう少し優雅にかまえられないものでしょうか。先進国なんですから。

【コロナ】無頓着な若者に注意しましょう

コロナウィルスが大騒ぎとなっていますが、正直騒ぎすぎであり、無駄なエネルギーが消費され誤解が多いと思います。当研究所では一部で起きている集団ヒステリーに警鐘を鳴らすものであります。

間違った「正しさ」が闊歩する

要するに、どの機関、団体も「大流行が起きた場合の責任を取りたくない」。どうせ責任を取らないくせに。ここが本当に困ったところです。どうせ誰も責任を取らないのに「なにか起きたらどうする?」。おかげで中小企業は存亡の危機に立たされています。

コンプライアンスという言葉が日本において外資系から大会社に移ったのが約17年前です。「社会的責任」という言葉は大流行し、当社登録コンサルタントもそれで潤っていたことがあります。もちろんその波は終わってしまいましたが。

「温暖化」などは、さらにそのちょっと前になります。もう我々は地球温暖化で四半世紀近く騒ぎ続けているのです。「ツバルはどこへ行った?」という話です。とっくに沈んでいなければいけないツバルという地域はまだ残っていて、インドネシアからの助成金が出続けている限り残るでしょう。そういうゾンビ会社のようなゾンビ地方公共団体はいくらでもあります。

地球温暖化を声高に叫んでいた大企業の優秀な人材とされる人たちも、現在では気象変動、と言い方が変わっています。言い方が変わっているだけでヒステリックな報道は相変わらずです。

日本人は、ある時突然なにかにフォーカスすると、それが、日常生活においてそれほど大きな影響を与えないにも関わらず、大騒ぎし、またいつの間にか飽きてしまいます。

コロナウィルスが問題がないとはいいませんが、その数や社会的影響度からすると、全日本に点在するひきこもりたちやそれを支え続けている親たちのほうが大問題です。

あるいは大学や大学院まで卒業しながら、働きたくとも定職につくことができず、なんとか食いつないでいる山のような人たちの命を守るほうがもっと重要です。

そう、若者の自殺者もいっこうにとまりません。万人、10万人単位で大問題が起きているのにコロナはどうでしょうか? 罹患者は増えるでしょう。しかし、死者は他の大きな、そして解決できていない、あるいは解決を投げ出している社会問題に比べて、今のところ大した問題ではない。

もう少し冷静になれないのか? なれないのでしょう。それは間違ったコンプライアンス意識だけが独り歩きし、要するに誰も責任を取りたくないし取らない社会ができちゃっているためなので。

ですから、こうしたことをこうしたところに書くならともかくツイートでもしようものなら「お前は責任が取れるのか」という暴論に巻き込まれてしまいかねない。本当に日本は奇妙な国です。

戦地で戦うだけでなく銃後の守りどころか、中でいがみ合い、非国民探しをする、そういう体質から抜け出すことなく1世紀以上がたってしまいました。この国の正義は歪んだままです。

国際社会なんかどうでもよい

ひきこもり問題でもそうですが、自分の家族より大事なのは自分の世間体、というのが日本人を蝕みつづけています。自分は存在しているけれども世間は仮想のものにすぎませんから、他人を全員満足させることは不可能なのに、その妄想に取り憑かれて自縄自縛してしまう。

国際社会なんかどうでもいいのです。日本を守ることが大事。日本を守るためなら、オリンピックはとっとと中止にするべきだし、その後のことを考えないといけません。

IOCが5月までに中止かどうかを決める、と言っていますが、理論上、現時点で特効薬が見つかっておらず、それどころか一度罹患した人が再び罹患した、抗体ができなかったというニュースがあります。

これが真実なのかどうかすらわかりません。病気は伝染していく途上で、変化をしていくこともしられており、昨年はきいた薬が今年はもう効かない、などということは今までもおきています。

あるいは、薬そのものも、きちんとした管理のもとに使用されなければいけませんが、ことに世界中の薬の驚くべき量を使用している日本人は、適正に薬を使用することに熟練しているどころか、かなり怪しげです。

日本で流行していない状態では海外の治験に頼らざるを得ないところがありますが、実際のところ、アジア人とアングロサクソン人では様々な違いがあり、そのまま当てはめるというわけにもいきません。

そういう意味では、武漢にこそ、このウィルスを解く鍵があるのですが、現時点ではほとんど期待できない状況のようですね。

だとするならば、日本国内での封じ込めを徹底的に行うこと、これ以上の流行を防ぐこと、そして、保菌者は積極的に医療機関や医学的研究機関に協力して、一日も早く、ある程度万能なワクチン、もしくは、死に至らしめることを防ぐ薬が必要とされます。

IOCやらWHOなんかどうでもいいのです。私達の国は、おそるべき老人比率、体力がない人が半分以上を占めるような国であり、世界にまれなのです。特異な国なのですから、世間体を気にしている場合ではない。まず、自分の命を守ること。そのためにできることはすべてやること、です。

喫煙者は特に危険

学者としてフィールドワークしている限りにおいて、喫煙者は最も危険です。喫煙者を家族に持ち、かつ身体が弱い人をも家族に持つ人は、最大限の注意を払ってください。

喫煙者の不潔さは国辱ものです。体中からタバコの匂いがしているにも関わらず、他人を説教したりします。この人たちは依存症であり、依存者は健康維持は極めて困難でありますし、もちろん潔癖ではありません。

喫煙者にも関わらずマスクをしている人は少なくありませんが、彼らは喫煙ごとにマスクを捨てているでしょうか? そんなことはしません。もったいないからです。もったいない、という意味では枯れ葉を燃やすために毎月数万円も払っているほうがもったいないのですけれども。

バイキンがたくさんついたマスクを素手で外側をつまんで外し、ちょっとポケットにねじ込み、その手でタバコの吸口をつまんでタバコを箱から出し、ライターで火をつけ、さらにタバコ以外にベタベタとあちらこちらを触ります。そして最後には、ポケットからマスクを取り出して装着し直すのです。

もうこの一連の動作で、もしマスクの外側にウィルスがついていたならば、タバコを加えた瞬間に感染することになります。そうして、こうした人たちのほとんどはデリカシーがありませんから、ウィルスのついた手で、ドアノブを回し、コンピュータを叩き、エレベータのボタンを押します。

除菌を徹底しましょう

アルコール除菌を徹底することです。現在、大型施設の入り口にはアルコール除菌のボトルが置かれていますが、除菌を行っている一般人は1割程度しかいません。

つまり、今現在、自分はウィルスを触っていない、と思い込んでいるのですね。しかし、この状態ではいくらマスクをしていてもほとんど意味がなく、エレベータのボタンやつり革につかまった瞬間にウィルスはどんどん移動していきます。

どういうわけかマスクは売り切れているのに、除菌グッズはそんなに売れていません。それにみなさん手洗いもおざなりです。よく言われる話に、男性器より手のほうが雑菌が多い、というのですが、だからといってこれだけウィルスが大騒ぎになっている時期に、時間をかけて手を洗わないというのは殺人的行為ではないでしょうか。

殺人的行為で死ぬのが自分なら仕方がないことだなあとは思いますが、平気で他人を殺していませんか? 注意してくださいね。マスクも他人を守るためのものですが、それ以上に意識を変えるだけで安全性は全然違います。

甘く見ると痛い目にあいます

一般的には、特効薬が見つかったとしても、その試験が終わって量産がなされ流通するのに数カ月かかるといわれています。オリンピックには間に合わない可能性が高いですね。

冒頭、大騒ぎしすぎですよ、と申し上げました。少なくとも今のところは大騒ぎしすぎです。他のあらゆる病気のほうをもっと恐れるべきです。ことに喫煙者は様々な病気のリスクが高いわけですから。

手洗いもしない。選択もしない。一昔まえならば不潔極まりない若いサラリーマンが、技術の進化のおかげで、わりとふつうにいても気づかない状態になっています。

マスクをするより、定期的に水分を取り、ウィルスを肺に吸い込まず胃に落とすようにすること、30分に一回はアルコールウエットティッシュで手だけではなく、触りそうな場所を拭き清めること。これでそうとうな予防になるはずです。

まだ、感染は拡大するでしょう。甘く見ないことです。だからといって恐れすぎないことです。私達の幸福に生きる権利はまだ損なわれていないのですから。

日本の進むべき道

年明け恒例のテレビ朝日「朝まで生テレビ」を流し観した。雑感として、1.無理やり「若手論客」を作ろうとしている。2.「若手世代」には未来を生み出す力がない。圧力団体や現代社会に毒された「傀儡政権」。言語化能力も新しい知恵もなく、期待に答えられない。3.従前の「偉い人」に知恵はない。4.三浦氏が田原氏に媚を売ることによって地位挽回を図ろうとしている。5.あまりにも現実軽視で具体的な未来を語ることができる人を連れてくることができない。もしくは存在していない。

以上によって、見る価値はなく、大いなる時間の無駄である。

子育て支援は泥縄である

なんの疑問も持たずに政治家などから語られたのは「子育て支援が成長戦略」という途方もない嘘と雑な議論であった。これは野党が強く与党に注文をつけ、与党も一定程度の同意を示しているものであるが、議論が空虚すぎて議論にならない。

人口減少や、高齢化による労働人口の現象が国力を下げることはほぼ通説であるが、今から子育て支援を始めても、世界に類を観ない先進国の急激な少子高齢化をストップさせ、リバウンドさせることはほぼ不可能である。

それが可能だったのは、21世紀に入る前までだったが、今からの政策としては少なくとも20年、実際には30年以上遅れている。私達は特に地方や地方都市における急激な人口減少と高齢化に、全く備えなく、突っ込まなくてはならない。

すでにその兆しはコンビニの24時間営業の廃止や、鉄道路線の廃止、あるいは自然災害によって倒壊は免れたものの、住むに耐えないような家屋にすまざるを得ない状況になってしまっている「自己責任原則」の犠牲者たちに見ることができる。

これだけ住居が余っていて、産業によっては深刻な人手不足であるというのに、移住や職種転換のサポートもない。そして、今後もリストラは進み、高齢者を再教育してサービス業に転換させるようなムーブメントにはならない。なぜならば、現政権を含むほとんどすべての既得権益層が現状認識を誤っているからである。というより、彼らは自分たちにそれをする義務があると全く考えていない。なぜなら、過去数十年それでやってこれていたし、彼らの先輩たちも何も教えてくれなかったからである。

今から子育て支援をして、その支援が適切であり、永遠に続く保証がある、ということが浸透して初めて、子育て成長戦略というのは画餅ではなくなる。しかし、いわゆる「年金詐欺」、かけた年金がもらえないかもしれない、あるいは、期待額よりはるかに下回る、という現状で誰が政府の政策やお金のバラマキの定常化を信用できるというのか?

年金にしたところで、「積立方式」であったものが「完全賦課方式」という名の「労働者から高齢者へのスルーパス」状態にならざるを得ない状況になりつつあることはほとんどの中年世代は知っている。絶望的な状態である。

「名目労働者」は、非正規雇用の2000万人も含むわけだが、非正規雇用者から社会保険料をふんだくると、生活が成り立たなくなってしまう。実際には年収400万円の労働者二人から20%ずつとった、80万円しか一人の高齢者に分配されない。

80万円というのは、地方都市であれば一応なんとか生活できる金額だが、いわゆる「ベッドタウン」および首都圏などに住居を持っている人にはとても厳しい数字だ。

30年以上前に立てた実家の固定資産税が毎年80万円あって、下がることがない、という人はかなりの数いるのです。鉄筋コンクリートでビルのような建物を庭付きの土地に立ててしまうとそういうことが起きるし、今後はさらに固定資産税を増やさざるを得ない状況にあり、地価と無縁に固定資産税だけが上がっていく、という危険な状態が想定される。

しこうして、子育て支援が成長戦略になりうるのは、早くてそういう「安心層」がたくさん子どもを作り出し、その子どもたちが労働者になる時期であるから、それまでの20年間はひたすら国力は落ち続けることになるし、「子どもを産める可能性のある人」も激減していくことになる。

こんなものは現在の政治家が語るべきことではないし、無責任極まりない。政権が変わろうが何が起きようが、子育て支援が制度として確立しなければ、「成長戦略」にならない、それをどう担保するというのか?

また、20年前は子ども一人育てるのに1000万円と言われていたのに、現在は2000万円かかる、というのをなんとかしよう、というのも非常に雑な議論である。

子ども一人あたり年に100万円かかるので、二人いたら、年収400万円の世帯では難しい、という愚にもつかない議論である。赤ちゃんは手がかかるとは言え、ペットを飼う程度のお金で育てられるし、机の引き出しでも育てられる。しかし子どもの体格が大きくなるにしたがって、2DKでは手狭になり、大きな家に引っ越したいがお金がない、という状況になるのだ。

また、非常に高額なのは大学だ。大学の文系の学費の平均は450万円とされ、理系はどうしても設備が高いため、より高額にならざるを得ない。ことに医学部は高額である。

学費だけでなく、人口の半分ぐらいは地方に住んでおり、大学は都市部に集まっているし、ことに「名門」「就職に有利」となると実家から通えない大学に通うことになる。そのため、仕送りが必要になる。年に100万円としても400万円である。

大学受験のためにも高額な費用がかかり、大学卒業のために1000万円が費やされるが、子どもを作っておいて大学に入れないと、子どもにまで恨まれる。かといって奨学金と言う名の学資ローンを借りると、人生のスタート時点で大きな借金を負うことになる。

しかし、大学ビジネス自体がそうとう苦境になっている。そもそも、これだけ、名門大学の講義や、高名な学者や実務者のプレゼンテーションや講義がYoutubeや会員制ネット配信で観られる現在、わざわざ家を出て大学に行く必要があるのか? という根源的な問題がある。

結論から言えば、実家を出て大学に行く必要があるのは、子供の人格を認めることができない幼稚な親や地域社会が多いためだ。そこから逃げるために、一個の人格として真の社会人になってもらうために必要なのだが、実家から大学に通う人は乳離れ、親離れ、子離れしないで社会人になってしまい、会社の入社式にまで親がついてくるような状況に陥っている。

真の成長戦略の前に通る門

なぜこのように雑な議論がまかりとおるのだろうか。それはテレビという既得権益の権化の上で議論がかわされている、政治家や大学教授、学者の中でも既得権益をうまく利用している人たちだけが議論しているからである。既得権益のおこぼれにあずかっていない、自由に発言できる人が減ってしまったし、そうした人の意見は「過激である」と苦情がくるのだ。

何しろテレビを観ている人たちの8割は中年以上高齢者である。小さな子どもたちも同じ食卓にいても、スマホやゲームをいじっていて、テレビの内容には無関心である。なぜなら彼らにとって関係があるキーワードが出てこないから。

日本は成長戦略もなにも、現時点でも成長しているふりをしている(実際には世界中そうなのだが)けれども、どんどんしぼんでしまっている国である。このクリスマスから年末年始にかけては、買い物をする人が激減したように感じる。スーパーも閑散としている。もう世の中全体が高齢化したのだ。

そしてその高齢化はどんどん進む。にもかかわらず、政治家、官僚、大企業の管理職といった既得権益層が自分の利益確保に勤しむあまり、真の日本復興は存在し得ないはるか未来の話になってしまっている。そうではない、「現実を冷静にみてください」。

現実は、さらなる高齢化、大量死社会、そして全世界的な流れとして、格差の拡大、貧困層の拡大、高齢化、気象変動、食糧危機、エネルギー危機、そして社会的抑圧や圧迫が増すことによりテロ、サイバーテロから終わりが存在しない第三次世界大戦が発生する可能性すらある。

さまざまなシナリオを想定し、さまざまな解決策を考え、あるいはシミュレーションし、いざとなったら実行できる、自分の身体と健康は自分で守る、という日本人が最も苦手なことをこれからの人間はやらなくてはならないのである。

オリンピック後に焼け野原となり、つまり、さまざまな助成金がうちきられて、今まで自分たちがどんなバブルの中にいたのかをはじめて認識でき、そこから危機感をやっと持つことができるような若い人たちも出てくるだろう。

そのときに、頼れる年配者がほぼ皆無、という悲しい状況が待ち受けている。年配者が若者を正しい方向に導いていく義務がある、のは生物的には一般的にそうなのだが、日本人にその意識がある人は本当に一部の教員や医師程度である。実に厳しい環境である。

日本を発明する

日本の再構築。それは新しい日本を発明することに他ならない。これは深い内容を含むのでまた別の日に。

2020年の展望

年の瀬ですので来年、2020年を展望してみたいと思います。

いよいよ訪れる多死への備えは?

まず2020年代を俯瞰してみましょう。今のところ、人口は全人口に対するグラフだけでみればダラダラと少しずつ減っているようにしか見えません。グラフによっては、斜め45度と急坂を転がり落ちているようにも見えますが、それは統計をどうみせるかの恣意的なもので変わるので、現実に体感している姿とは異なります。

現時点で起きていることはなにか? 日本全体の人口は減り続けているのに、東京、首都圏を代表とする都市部での人口がまだらに増えている。人口は減っているのに世帯数が増えていた。

結婚したい人はたくさんいるが、結婚しなくても圧力がかからなくなっている。結婚しなくても便利に生活できるし、結婚ではなく同居、パートナー、あるいはペットを家族として迎え入れる共生が進んだ。

統計から見て明らかにわかることだけで、独居世帯が増えたということ、そしてそれは、大学に入って、あるいは都市部で就職して一本立ちするというようないっけん華やかそうなものではなく、離婚、死別、ルームシェアリングの解消、あるいはネグレクトからの逃亡など、「満を持した」ものではない話が多数です。

非常に現実的に、厳しい言い方をすれば、単身者世帯のほとんどはほぼ自動的に孤独死してしまう運命です。現時点でも、単身者世帯の3人に1人程度が、腐乱死体で発見されるということです。

死は公平に誰にでも訪れると言いますが、死に方、生きている間の幸福度はけして公平ではありません。不公平もいいところです。数々の栄光を手にし、思い通りに人生を設計して生きた人もいれば、不本意の連続で、他人に人生を台無しにされ続けている人もいます。

私たちは無意識で無配慮であるがために、常に誰かの足を踏んでいます。踏まれている側は痛みがわかりますが、踏んでいる人は、自分が誰に迷惑をかけているか、あるいは苦痛を与えているか、知りませんし気づきません。

非常に多くの人を見てきましたが、お金持ちや、非常に高い地位についたひとほど不平不満をいい、名もなき人のように働いていた人ほど、小さな幸せを大切に思います。人間というのはそういう生き物なのかもしれない、と諦めてしまうほどに、です。

年間150万人が死んで、10年で1500万人がなくなる。それはまだ甘い予測です。70歳くらいの交際が広い人は、一年間に50回くらい葬式に行くといいます。

親しい人との別れというのは辛いものです。親しくなると辛くなってしまう。そのため、他人と親しくなるのを避ける人も少なくはないのです。

この世代の人たちはかなりエゴが強いので、「自分の生きた証」を残そうとします。一般の社会にとっては非常に迷惑です。一部の「業者」さんにとっては蜜の壺なのですが。

2020年代、間違いなく日本における多死社会がきます。現状ではその準備がどこにもできていません。今のところとにかく長生きこそ「正義」です。人は生きる希望を失ったときに生きる希望がなくなってしまいます。

独居世帯が増えている。社会で共生できない人が増えている。さらに老人が増え、「社会のお荷物」が増える。さまざまな配慮は必要ですが、ときに冷徹な政治判断も求められるであろうこの年代の指導者に、あまりにも愚かしい人しか目に入らないという現実が立ちふさがっています。

過去の知恵がゴミに

私たちは、年を重ねてしまうと、過去の経験、や過去の体験、過去の知恵というものについ重きをおいてしまい、現状判断を誤る傾向があります。「腕を磨く」「経験がものを言う」というような慣用句にすがってしまうことがあります。

ところが、何しろ人口が減ります。それも都市部で。さらに老化が進みます。何が起きるかといえば、総人口総基礎代謝が減る。そして、財布の紐は固く固く絞られる。(いまどき財布に紐もなければがま口もありませんが)

コンビニは3つに集約されましたが、ドラッグストアはまだ多数ある。さらに100円ショップがデパートのようになっている。食料品を売る店が多すぎるのですね。都市部では冷蔵庫がなしで生活ができます。

少し昔には、「魚なんか食ってる国民」とバカにされた日本人ですが、どんどん魚を食べなくなっています。ことに日本の魚を。オランダ産、ノルウェー産、ロシア産、アメリカ産。回遊している魚の産地に意味があるかどうかは別として。

崖を落ち始める日がきてしまう

今まではゆるやかな坂を下っていたような日本経済ですが、ふと気づくと本屋さんの数も新聞の部数も、テレビの品質も、あらゆる日本製の品質もすべて落ちてしまって、ほぼ米以外は海外産の食べ物に埋もれている。

最近の服を来ているとそうしたことを感じませんが、ほころびが出てしまうと一気にダメになる。そういう日が、2020年代のどこかで来てしまう。それはオリンピック直後だろう、という予測が多いのですが、誰にもそれはわかりません。

そして、その日が来ても、わかりやすくくればいいのですが、そうではないので。

予測は立てておけば対処できます。悲観的な予測をすると盛り上がらない。そんなところで盛り上がっても仕方ないのです。なるようにしかならない、と言っている人は泣きを見ることになります。

なるように、というのは、今よりずっと悪くなるわけですから。私達に足りないのは覚悟と謙虚さであり、バブル期経験者の傲慢さは本当に役に立たない。すべてのものはGAFAに負けている。その自覚が、再生への第一歩なのです。

決算時期が近づいてきました

当社の決算は12月となっております。本年度の見通しとしては、法人化に伴う諸経費および家賃、維持費などが赤字計上される見通しです。

2時間までの相談料を無料とします

この結果を受けまして、来季以降について、二時間までのご相談料を無料とすることといたします。実際には二時間で相談が済むケースはほとんどなく、カウンセリングを伴う相談というケースも多々見られるため、二時間という枠を設けさせていただくことにより経営の健全化を図ってまいります(今季中に結ばれた契約はそのまま有効となります)。

料金体系の全面見直しを実施します

料金体系が不透明であるというお叱りをうけましたので、やむを得ず緻密な料金体系を設定することを予定しています。少々時間がかかりますのでお待ちいただければ、と存じます。なお、これにともない、お客様との合意に基づく成果が達成できなかった場合についても、賃率費用、実費はいただくこととなります。あしからずご了承くださいませ。

レポートの一般販売は再来期以降です

当社は研究所でもありますため、企業・団体様の求めに応じましてレポートを提出することを生業としております。かんたんなコメントからテレビ出演に至るまで行ってまいりましたが、現状で人員が不足していることなどから、メディアへの露出を絞るとともに、選択と集中に基づき効率的な組織運営をしてまいります。

現在、高齢化問題、少子化問題、8050問題など喫緊の課題が非常に多くあり、また、多くの専門家を名乗る評論家の方々による無理のある内容の書物が多く発売されていることは批判されるべきでありますが、当方として事業の余力がないため、一般向けのレポートは再来期を予定しております。

またレポートは書籍として販売する予定はございません。これは現状の出版業界の趨勢を見ればわかることで、初版2000部、返本率5割、書店数、売り場面積激減という状況を見たとき、1000円程度の新書を発刊したといても10万円程度の収入にしかならず、まったく事業として見合わないことによるものです。

ISBNをつけない書物(一般流通させないレポート)もしくは電子出版、あるいはアプリなどさまざまな形態が考えられるとは思いますが、家族間の感情のもつれを本を販売することでときほぐせるとは考えにくいため、現在のところそのことを目的とすることを候補に考えておりません。

8050問題にリソースの7割を充当

現在のところ、現代問題研究所は実質的には8050問題研究所となっております。全体のリソースの7割以上が8050問題に費やされているからです。8050問題自体は、昭和ひと桁世代が親である間は続くと考えられますので、当面8050問題研究所として運営していくこととなりそうです。

それは他の人たちにはできないことですし、私どもしかしらない秘密もたくさんございますので、8050問題こそが私どものコアコンピタンスということができるのかな、と存じます。今後ともよろしくおつきあいくださいませ。