月別: 2020年1月

日本の進むべき道

年明け恒例のテレビ朝日「朝まで生テレビ」を流し観した。雑感として、1.無理やり「若手論客」を作ろうとしている。2.「若手世代」には未来を生み出す力がない。圧力団体や現代社会に毒された「傀儡政権」。言語化能力も新しい知恵もなく、期待に答えられない。3.従前の「偉い人」に知恵はない。4.三浦氏が田原氏に媚を売ることによって地位挽回を図ろうとしている。5.あまりにも現実軽視で具体的な未来を語ることができる人を連れてくることができない。もしくは存在していない。

以上によって、見る価値はなく、大いなる時間の無駄である。

子育て支援は泥縄である

なんの疑問も持たずに政治家などから語られたのは「子育て支援が成長戦略」という途方もない嘘と雑な議論であった。これは野党が強く与党に注文をつけ、与党も一定程度の同意を示しているものであるが、議論が空虚すぎて議論にならない。

人口減少や、高齢化による労働人口の現象が国力を下げることはほぼ通説であるが、今から子育て支援を始めても、世界に類を観ない先進国の急激な少子高齢化をストップさせ、リバウンドさせることはほぼ不可能である。

それが可能だったのは、21世紀に入る前までだったが、今からの政策としては少なくとも20年、実際には30年以上遅れている。私達は特に地方や地方都市における急激な人口減少と高齢化に、全く備えなく、突っ込まなくてはならない。

すでにその兆しはコンビニの24時間営業の廃止や、鉄道路線の廃止、あるいは自然災害によって倒壊は免れたものの、住むに耐えないような家屋にすまざるを得ない状況になってしまっている「自己責任原則」の犠牲者たちに見ることができる。

これだけ住居が余っていて、産業によっては深刻な人手不足であるというのに、移住や職種転換のサポートもない。そして、今後もリストラは進み、高齢者を再教育してサービス業に転換させるようなムーブメントにはならない。なぜならば、現政権を含むほとんどすべての既得権益層が現状認識を誤っているからである。というより、彼らは自分たちにそれをする義務があると全く考えていない。なぜなら、過去数十年それでやってこれていたし、彼らの先輩たちも何も教えてくれなかったからである。

今から子育て支援をして、その支援が適切であり、永遠に続く保証がある、ということが浸透して初めて、子育て成長戦略というのは画餅ではなくなる。しかし、いわゆる「年金詐欺」、かけた年金がもらえないかもしれない、あるいは、期待額よりはるかに下回る、という現状で誰が政府の政策やお金のバラマキの定常化を信用できるというのか?

年金にしたところで、「積立方式」であったものが「完全賦課方式」という名の「労働者から高齢者へのスルーパス」状態にならざるを得ない状況になりつつあることはほとんどの中年世代は知っている。絶望的な状態である。

「名目労働者」は、非正規雇用の2000万人も含むわけだが、非正規雇用者から社会保険料をふんだくると、生活が成り立たなくなってしまう。実際には年収400万円の労働者二人から20%ずつとった、80万円しか一人の高齢者に分配されない。

80万円というのは、地方都市であれば一応なんとか生活できる金額だが、いわゆる「ベッドタウン」および首都圏などに住居を持っている人にはとても厳しい数字だ。

30年以上前に立てた実家の固定資産税が毎年80万円あって、下がることがない、という人はかなりの数いるのです。鉄筋コンクリートでビルのような建物を庭付きの土地に立ててしまうとそういうことが起きるし、今後はさらに固定資産税を増やさざるを得ない状況にあり、地価と無縁に固定資産税だけが上がっていく、という危険な状態が想定される。

しこうして、子育て支援が成長戦略になりうるのは、早くてそういう「安心層」がたくさん子どもを作り出し、その子どもたちが労働者になる時期であるから、それまでの20年間はひたすら国力は落ち続けることになるし、「子どもを産める可能性のある人」も激減していくことになる。

こんなものは現在の政治家が語るべきことではないし、無責任極まりない。政権が変わろうが何が起きようが、子育て支援が制度として確立しなければ、「成長戦略」にならない、それをどう担保するというのか?

また、20年前は子ども一人育てるのに1000万円と言われていたのに、現在は2000万円かかる、というのをなんとかしよう、というのも非常に雑な議論である。

子ども一人あたり年に100万円かかるので、二人いたら、年収400万円の世帯では難しい、という愚にもつかない議論である。赤ちゃんは手がかかるとは言え、ペットを飼う程度のお金で育てられるし、机の引き出しでも育てられる。しかし子どもの体格が大きくなるにしたがって、2DKでは手狭になり、大きな家に引っ越したいがお金がない、という状況になるのだ。

また、非常に高額なのは大学だ。大学の文系の学費の平均は450万円とされ、理系はどうしても設備が高いため、より高額にならざるを得ない。ことに医学部は高額である。

学費だけでなく、人口の半分ぐらいは地方に住んでおり、大学は都市部に集まっているし、ことに「名門」「就職に有利」となると実家から通えない大学に通うことになる。そのため、仕送りが必要になる。年に100万円としても400万円である。

大学受験のためにも高額な費用がかかり、大学卒業のために1000万円が費やされるが、子どもを作っておいて大学に入れないと、子どもにまで恨まれる。かといって奨学金と言う名の学資ローンを借りると、人生のスタート時点で大きな借金を負うことになる。

しかし、大学ビジネス自体がそうとう苦境になっている。そもそも、これだけ、名門大学の講義や、高名な学者や実務者のプレゼンテーションや講義がYoutubeや会員制ネット配信で観られる現在、わざわざ家を出て大学に行く必要があるのか? という根源的な問題がある。

結論から言えば、実家を出て大学に行く必要があるのは、子供の人格を認めることができない幼稚な親や地域社会が多いためだ。そこから逃げるために、一個の人格として真の社会人になってもらうために必要なのだが、実家から大学に通う人は乳離れ、親離れ、子離れしないで社会人になってしまい、会社の入社式にまで親がついてくるような状況に陥っている。

真の成長戦略の前に通る門

なぜこのように雑な議論がまかりとおるのだろうか。それはテレビという既得権益の権化の上で議論がかわされている、政治家や大学教授、学者の中でも既得権益をうまく利用している人たちだけが議論しているからである。既得権益のおこぼれにあずかっていない、自由に発言できる人が減ってしまったし、そうした人の意見は「過激である」と苦情がくるのだ。

何しろテレビを観ている人たちの8割は中年以上高齢者である。小さな子どもたちも同じ食卓にいても、スマホやゲームをいじっていて、テレビの内容には無関心である。なぜなら彼らにとって関係があるキーワードが出てこないから。

日本は成長戦略もなにも、現時点でも成長しているふりをしている(実際には世界中そうなのだが)けれども、どんどんしぼんでしまっている国である。このクリスマスから年末年始にかけては、買い物をする人が激減したように感じる。スーパーも閑散としている。もう世の中全体が高齢化したのだ。

そしてその高齢化はどんどん進む。にもかかわらず、政治家、官僚、大企業の管理職といった既得権益層が自分の利益確保に勤しむあまり、真の日本復興は存在し得ないはるか未来の話になってしまっている。そうではない、「現実を冷静にみてください」。

現実は、さらなる高齢化、大量死社会、そして全世界的な流れとして、格差の拡大、貧困層の拡大、高齢化、気象変動、食糧危機、エネルギー危機、そして社会的抑圧や圧迫が増すことによりテロ、サイバーテロから終わりが存在しない第三次世界大戦が発生する可能性すらある。

さまざまなシナリオを想定し、さまざまな解決策を考え、あるいはシミュレーションし、いざとなったら実行できる、自分の身体と健康は自分で守る、という日本人が最も苦手なことをこれからの人間はやらなくてはならないのである。

オリンピック後に焼け野原となり、つまり、さまざまな助成金がうちきられて、今まで自分たちがどんなバブルの中にいたのかをはじめて認識でき、そこから危機感をやっと持つことができるような若い人たちも出てくるだろう。

そのときに、頼れる年配者がほぼ皆無、という悲しい状況が待ち受けている。年配者が若者を正しい方向に導いていく義務がある、のは生物的には一般的にそうなのだが、日本人にその意識がある人は本当に一部の教員や医師程度である。実に厳しい環境である。

日本を発明する

日本の再構築。それは新しい日本を発明することに他ならない。これは深い内容を含むのでまた別の日に。