月別: 2019年12月

2020年の展望

年の瀬ですので来年、2020年を展望してみたいと思います。

いよいよ訪れる多死への備えは?

まず2020年代を俯瞰してみましょう。今のところ、人口は全人口に対するグラフだけでみればダラダラと少しずつ減っているようにしか見えません。グラフによっては、斜め45度と急坂を転がり落ちているようにも見えますが、それは統計をどうみせるかの恣意的なもので変わるので、現実に体感している姿とは異なります。

現時点で起きていることはなにか? 日本全体の人口は減り続けているのに、東京、首都圏を代表とする都市部での人口がまだらに増えている。人口は減っているのに世帯数が増えていた。

結婚したい人はたくさんいるが、結婚しなくても圧力がかからなくなっている。結婚しなくても便利に生活できるし、結婚ではなく同居、パートナー、あるいはペットを家族として迎え入れる共生が進んだ。

統計から見て明らかにわかることだけで、独居世帯が増えたということ、そしてそれは、大学に入って、あるいは都市部で就職して一本立ちするというようないっけん華やかそうなものではなく、離婚、死別、ルームシェアリングの解消、あるいはネグレクトからの逃亡など、「満を持した」ものではない話が多数です。

非常に現実的に、厳しい言い方をすれば、単身者世帯のほとんどはほぼ自動的に孤独死してしまう運命です。現時点でも、単身者世帯の3人に1人程度が、腐乱死体で発見されるということです。

死は公平に誰にでも訪れると言いますが、死に方、生きている間の幸福度はけして公平ではありません。不公平もいいところです。数々の栄光を手にし、思い通りに人生を設計して生きた人もいれば、不本意の連続で、他人に人生を台無しにされ続けている人もいます。

私たちは無意識で無配慮であるがために、常に誰かの足を踏んでいます。踏まれている側は痛みがわかりますが、踏んでいる人は、自分が誰に迷惑をかけているか、あるいは苦痛を与えているか、知りませんし気づきません。

非常に多くの人を見てきましたが、お金持ちや、非常に高い地位についたひとほど不平不満をいい、名もなき人のように働いていた人ほど、小さな幸せを大切に思います。人間というのはそういう生き物なのかもしれない、と諦めてしまうほどに、です。

年間150万人が死んで、10年で1500万人がなくなる。それはまだ甘い予測です。70歳くらいの交際が広い人は、一年間に50回くらい葬式に行くといいます。

親しい人との別れというのは辛いものです。親しくなると辛くなってしまう。そのため、他人と親しくなるのを避ける人も少なくはないのです。

この世代の人たちはかなりエゴが強いので、「自分の生きた証」を残そうとします。一般の社会にとっては非常に迷惑です。一部の「業者」さんにとっては蜜の壺なのですが。

2020年代、間違いなく日本における多死社会がきます。現状ではその準備がどこにもできていません。今のところとにかく長生きこそ「正義」です。人は生きる希望を失ったときに生きる希望がなくなってしまいます。

独居世帯が増えている。社会で共生できない人が増えている。さらに老人が増え、「社会のお荷物」が増える。さまざまな配慮は必要ですが、ときに冷徹な政治判断も求められるであろうこの年代の指導者に、あまりにも愚かしい人しか目に入らないという現実が立ちふさがっています。

過去の知恵がゴミに

私たちは、年を重ねてしまうと、過去の経験、や過去の体験、過去の知恵というものについ重きをおいてしまい、現状判断を誤る傾向があります。「腕を磨く」「経験がものを言う」というような慣用句にすがってしまうことがあります。

ところが、何しろ人口が減ります。それも都市部で。さらに老化が進みます。何が起きるかといえば、総人口総基礎代謝が減る。そして、財布の紐は固く固く絞られる。(いまどき財布に紐もなければがま口もありませんが)

コンビニは3つに集約されましたが、ドラッグストアはまだ多数ある。さらに100円ショップがデパートのようになっている。食料品を売る店が多すぎるのですね。都市部では冷蔵庫がなしで生活ができます。

少し昔には、「魚なんか食ってる国民」とバカにされた日本人ですが、どんどん魚を食べなくなっています。ことに日本の魚を。オランダ産、ノルウェー産、ロシア産、アメリカ産。回遊している魚の産地に意味があるかどうかは別として。

崖を落ち始める日がきてしまう

今まではゆるやかな坂を下っていたような日本経済ですが、ふと気づくと本屋さんの数も新聞の部数も、テレビの品質も、あらゆる日本製の品質もすべて落ちてしまって、ほぼ米以外は海外産の食べ物に埋もれている。

最近の服を来ているとそうしたことを感じませんが、ほころびが出てしまうと一気にダメになる。そういう日が、2020年代のどこかで来てしまう。それはオリンピック直後だろう、という予測が多いのですが、誰にもそれはわかりません。

そして、その日が来ても、わかりやすくくればいいのですが、そうではないので。

予測は立てておけば対処できます。悲観的な予測をすると盛り上がらない。そんなところで盛り上がっても仕方ないのです。なるようにしかならない、と言っている人は泣きを見ることになります。

なるように、というのは、今よりずっと悪くなるわけですから。私達に足りないのは覚悟と謙虚さであり、バブル期経験者の傲慢さは本当に役に立たない。すべてのものはGAFAに負けている。その自覚が、再生への第一歩なのです。

決算時期が近づいてきました

当社の決算は12月となっております。本年度の見通しとしては、法人化に伴う諸経費および家賃、維持費などが赤字計上される見通しです。

2時間までの相談料を無料とします

この結果を受けまして、来季以降について、二時間までのご相談料を無料とすることといたします。実際には二時間で相談が済むケースはほとんどなく、カウンセリングを伴う相談というケースも多々見られるため、二時間という枠を設けさせていただくことにより経営の健全化を図ってまいります(今季中に結ばれた契約はそのまま有効となります)。

料金体系の全面見直しを実施します

料金体系が不透明であるというお叱りをうけましたので、やむを得ず緻密な料金体系を設定することを予定しています。少々時間がかかりますのでお待ちいただければ、と存じます。なお、これにともない、お客様との合意に基づく成果が達成できなかった場合についても、賃率費用、実費はいただくこととなります。あしからずご了承くださいませ。

レポートの一般販売は再来期以降です

当社は研究所でもありますため、企業・団体様の求めに応じましてレポートを提出することを生業としております。かんたんなコメントからテレビ出演に至るまで行ってまいりましたが、現状で人員が不足していることなどから、メディアへの露出を絞るとともに、選択と集中に基づき効率的な組織運営をしてまいります。

現在、高齢化問題、少子化問題、8050問題など喫緊の課題が非常に多くあり、また、多くの専門家を名乗る評論家の方々による無理のある内容の書物が多く発売されていることは批判されるべきでありますが、当方として事業の余力がないため、一般向けのレポートは再来期を予定しております。

またレポートは書籍として販売する予定はございません。これは現状の出版業界の趨勢を見ればわかることで、初版2000部、返本率5割、書店数、売り場面積激減という状況を見たとき、1000円程度の新書を発刊したといても10万円程度の収入にしかならず、まったく事業として見合わないことによるものです。

ISBNをつけない書物(一般流通させないレポート)もしくは電子出版、あるいはアプリなどさまざまな形態が考えられるとは思いますが、家族間の感情のもつれを本を販売することでときほぐせるとは考えにくいため、現在のところそのことを目的とすることを候補に考えておりません。

8050問題にリソースの7割を充当

現在のところ、現代問題研究所は実質的には8050問題研究所となっております。全体のリソースの7割以上が8050問題に費やされているからです。8050問題自体は、昭和ひと桁世代が親である間は続くと考えられますので、当面8050問題研究所として運営していくこととなりそうです。

それは他の人たちにはできないことですし、私どもしかしらない秘密もたくさんございますので、8050問題こそが私どものコアコンピタンスということができるのかな、と存じます。今後ともよろしくおつきあいくださいませ。