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一連の事件の私どもの責任につきまして

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いわゆる登戸事件(一部地域では川崎事件とされていますが、川崎市は南北に細長く、地域間の交流も薄いため、地政学的にも登戸事件が正しいと存じます)にひきつづいて起きている事件、そしてこれからも爆発的に起きるであろう、「ひきこもり」を「恥」とする偏見からくるさまざまな問題について、私どもの至らなさ、力の及ばなさを痛感いたします。申し訳ございません。

一部のかたがたは、さまざまな人に自分を投影して、強烈な非難、批判を行っておりますが、事件に遭われた当事者の関係者の方は別として、たとえば地域住民、同世代のかたがた、同じような立場にいるかたがたが、他人を責めるのは、どうぞやめていただきたいと思います。

これらの事件と相前後して、高齢者による交通事故の悲劇も連日報道されています。これらの事件に対する非難のトーンがやや低いのは、テレビの視聴者の中心が高齢者に寄っていることとけして無縁ではありません。

私どもが専門家としてテレビに出たり取材に応じたりすることを、現在控えているのには、「生放送でない限り都合のいいところだけを恣意的に切り取ってすべてであるかのように報道する」仕組みを知っているからです。とはいっても、警鐘を鳴らすべきだったのかもしれません。しかし、警鐘を鳴らすつもりで、コメンテーターがそれを理解してくださるとも限りません。

登戸問題関連で、テレビ、インターネットのコメントを数千リサーチしましたが、ポジティブな発言をしていたかたはほとんどいませんでした。日本人の99%がここぞとばかり、昨日、電車で横に立っていたかもしれない人たちを鬼や悪魔のように「魔女狩り」しています。とてつもない、取り返しのつかないことだということに全く気づいていません。

これは憂慮などというものではありません。日本の存続が危ぶまれる未曾有の危機が近づいていて、それを止める手立てが見当たらない、絶望的状況になっています。

「ひきこもりなんて他人事、いなくなってしまえばいい」と言っている人は実は自分の身内のような人に言っているのです。あるいは自分自身がそれに近い精神状態なのです。そういう種類の人から見るとひきこもりは伝染病であり、自分がそれに感染していないことを証明しようとしているのです。同じような現象が実は昔にもありました。AIDSがホモセクシャルの病気であると喧伝された時代がそうでした。

「あぶない刑事」という有名なテレビドラマでは、主人公の二人の刑事が、「あいつに近づくとAIDSが伝染る、みんな逃げろ」と騒いだのです。似たような光景を私は知っています。1970年代の小学校では「エンピ」という言葉が流行りました。語源は定かではありませんが「汚い病気」あるいは「らい病」のようなものでしょうか。「らい病」すなわち「かったい」は伝染する病気ではありませんが、そういう「イジメ」が存在していました。

実際のところ、「昭和の会社」というのも「家族的経営」といわれましたが良い面はほとんどなく、土曜は半日出社、日曜日は課長の家で鍋パーティだとかバーベキュー。親睦を深めるため、ということでしたが、親睦深めても生産効率は上がらないので、謎なルールが多かったのです。そして、三十代で独身だと、飲み会(月に最低二回)のたびに、それを肴に酒を飲むような風習がありました。平成15年くらいまではその名残がありました。

「あの人とはよくマージャンしたけど、いい人で、家庭にそんな問題抱えているとは思いませんでしたよ」という人も出てきたそうですね。私はその人にも責任はあるな、と思います。マージャンしていたのはしかたないんです。あの時代は出世するためにマージャンとゴルフは必須科目でしたから。仕事の内容よりマージャン、ゴルフ、そして猥談などが重要だったのです。

私の場合は、「この人になら何でも言える」雰囲気であったため、ありとあらゆる話を聞きました。「娘が家出した」「かけおちした」「言うことをきかない」「ひきこもっている」「DVする」などなど。なんの見返りもいただけませんでした。

「昭和の会社は家庭的で良かった」というのは、それでいい思いをした人たちの話で、僕らにはなんの関係もない話だったんです。せっかくの休日をつぶされ、パソコン使えない上司のかわりにパソコンやらされ、残業代を申告するなと言われ、あげく、便利屋扱い、バカ扱いされてきました。

「家庭では仕事の愚痴は言わない、それが男だ」とかほざいていた偉い人が私には家庭の愚痴をたくさんこぼしていました。ぜんぜん大人らしくありませんでした。大人になれないひとが集まっているのが大企業というところだったんですね。

今回、ひきこもりに強い攻撃をしている人は、自営業のかたが多いです。具体的な職業は差し控えますが、しかしこの方々は、申し訳ないけれども、会社人間からみれば単なるひきこもりです。同一視されたくないから騒ぎ立てるのです。外見ではわからない病気と同じことです。

ところが非常に困ったことに、この人たちは、社会が暗澹としてしまうと職を失うのです。社会がポジティブにハッピーに回っていれば、娯楽や外食や買い物や、ちょっとした無駄遣い、というのができるわけですが、老後に五千万必要だよ、とか言われたら99%の人がペットボトルのお茶を買えなくなってしまうわけですよ。

よくメーカーの人が一般ユーザーではなく販売店の営業さんを接待したり、気を使ったりしますが、自営業の人はもっとダイレクトに世の中の空気が自分の収入に影響していると考えていると思ったら、全く違うんですね。もう日本社会に悪口雑言です。

ちょうど引きこもりの親御さんたちがそんな感じなんです。登戸事件に端を発する事件では「親の責任」がクローズアップされていますが、現実のひきこもり問題では、往々にして「親は被害者」という評価なのです。実際にDVとかも起きていて、刑事事件的には親は被害者なのですが、じゃあ、なんで子どもが親にDVするの、ってところは誰もケアしていないのが現実です。

10件ひきこもりがあったら3件はDVがあります。しかし、ひきこもり問題は100件中99件隠そうとします。それが親の愛だと思っているからです。大変な間違いです。そのいっぽうで、DVで警察に相談する例も、親子間では非常に少ないのです。それは自分の扶養者からDVを受けているという「恥」を知られたくない、という誤った感覚だからです。

しかし、今回の世間の大騒ぎを見ていると、「恥」とか「ひきこもりは隠す」ということが正しいように見えてしまいますね。しかし大きな間違いです。ひきこもりは、われわれに相談してください。助けられるのは日本でほぼわれわれだけです。ただ、「親は被害者」という意識では、誰も助けることができません。

私どもが絶望的に感じるのは、世間一般の人にあまりに自省と自制がないことです。「思っても口に出すなよ」って話です。口に出すことで、少しでも世の中がポジティブになるならいいですよ。なりませんから。これから、もっともっとひどい超高齢化社会が待っているんですよ。あなたがたはそれに耐えられるんですか? 今のままでは100%無理、不可能だと思います。

超高齢化社会では、われわれは、最低一人で二人の高齢者、かつ一人以上は他人、をピアサポートしないといけない状況になります。それは、現在の少なくとも30歳以上はノルマです。

ひょっとして、これからすごくたくさんの人たちが子どもを産んだら、20代以下の人はその懲罰から逃れることができるのかもしれません。しかしそれも不可能です。これから起きる産業革命によって、さらに多くの人の仕事が奪われ、ほとんどの人に富がなく、子どもを育てるお金、どころか自分の老後のお金、すらないからです。

ある意味、私どもは、これから日本で起きることを少し早く始めているだけなのかもしれません。ただ、「立派な人は助けたい」けれど、「80歳でガキのようなことを言う人」までは面倒見切れない、感じがします。

今回不幸にしてお亡くなりになってしまった人、それは自害を含めて、ですが、その人たちを私たちの力で助けられなかったのは、私たちの力不足です。もし連絡をいただけていれば、こういう不幸な事件にはならなかったでしょう。ただ、その責任は、「挨拶をされてびっくりした」人や、電車で隣に立っていた人、にも等しくあります。誰かが何かできたはずなんです。

そして、この瞬間にも溺れかけている人がいます。見つけたら、ご連絡をお願いします。できることはやります。儲けるためにやっているわけではないのです。人の命を最短距離で救うために、この方法を取っているのです。

皆様にお願いがあります。令和の時代は、どんどん暗くなります。やがて霊輪などといわれるようにもなるでしょう。ですから、少しでもポジティブに、世の中が明るくなるように、楽しくなるように、ブログでもつぶやきでも、みんな10センチずつがんばってみていただけませんか?

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